中目黒寄席小史

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 77回・05.2.21・パンフより.

 

◇第一回中目黒寄席 昭和五十三年十月十三日

湯屋番        春風亭柳若(現瀧川鯉昇)

浮世床・一眼国    林家 九蔵(現三遊亭好楽)  

おしの釣・牛ほめ   春風亭笑橋(現桃太郎)

 

◇【出演者紹介】

鯉と竜 

瀧川鯉昇 二十六年前、前座名、春風亭柳若。これが中目黒落語会発足のきっかけを作った噺家の名。

当り馬券を拾ったような中目黒落語会。この噺家はのちに落語界の各賞を総なめする名馬に変身。

 

今年からは亭号(一般社会の苗字)変更

春風亭→瀧川へ 

これは予てから狙い済ましていた行動と業界の噂。

「鯉」の字の名は、近年では真打に昇進した折に、鯉昇さんが使い始めたが、古く噺家の名に使われていた文字である。明治の前半頃、三遊亭円生一門の流れの中に、それまであまり見かけぬ芸名の「瀧川鯉かん」という噺家が出る。「大声」と「なぞ合わせ」で人気があったという。この鯉かんの弟子には、

三代目談志と九人の「鯉」の字の弟子がいた。

三遊亭竜楽

瀧川を遡る鯉は竜になる日を夢みてるはずだが、この「竜」は昭和三十三年生まれ、「鯉」よりは五年ほど若い。

古典落語をじっくり聞かせる力はお年以上のものがあるが、一方この「竜」文才もあり、大学講師も幾つかこなす円楽一門の最優良品種。当寄席第一回登場の好楽(九蔵)の弟弟子にあたる。

レベルの高いファンを多く掴んでいる噺家。前回のアンケートでも再登場を願う票が多かった。

 

◇【アンケート】

前回頂いたアンケートの結果

第一問        中目黒寄席で聞きたい噺家は?

おまかせします。66%

名前が挙がった噺家24人。参考にします。

第二問        噺の数は一晩で幾つが?

  今までのように4〜5席がよい。84%

第三問        出し物は?

  落語だけでよい。59%

第四問        入場料は?

  今のまま千円を 46%

  内容次第で2千円以上も 31%

 

ご回答ありがとうございました。

会場にお越しのお客様からのアンケートですから現状満足派が多いのは当然でしょう。表に出ていない少数意見も意を汲み取って参考にして行きます。

年四回の「定期公演」のほかに、人気噺家さん出演の特別公演などもやって見たいですね。

 

◇【新会場】

新会場、GTプラザホールで二回目の寄席。

旧会場(目黒銀座会館)を懐かしむ意見と新会場の「椅子」に好感を寄せる意見と相半ばしています。

四半世紀正座に付き合って下さったご常連の中には足腰の耐久性に難が生じて来ている方も……、

雨漏り、床抜けなど災害の危険も少ないですし……、

新しい器で新しい寄席を作りましょう。

 

寄席を作る人はお客様です。

芝居でも音楽会でもナマの舞台を「いい舞台」に仕上げるのは観客です。演者は観客の心の動きを受け取りながら演じています。

いい寄席を作り上げるのはいいお客様です。

前回、酩酊したお客様がお一人、会場の雰囲気を損ねる場面があり残念でした。主催する側として不行き届きを深くお詫びします。

禁酒寄席では御座いませんが、泥酔なさらぬようくれぐれもお願いします。

ウラ通りの寄席が明るいオモテに出てきて、新しいいいお客さんを待っているのです。

 

◇【会員募集】

今回は今年最初の寄席ですので今年度の中目黒落語会会員を募集しています。今まで会員だった方は今年も引き続き御入会下さいますようお願い致します。

今年から定期公演が年四回になります。(旧会場、目黒銀座会館はクーラーがなく夏は使えませんでした。)年会費は四回分4000円です。会員には一回に二枚の入場券をお届けします。ご家族ご夫婦で、職場や学校でしたら同好のグループでご入会頂くとお得です。

 

第76回・04.11.16・パンフより

 

出演者紹介

柳家さん弥さん
2000年7月 柳家さん喬に入門。
2000年11月 前座となる。
今年7月二ッ目昇進、さん角改め四代目さん弥となる。見かけ大人しそうだが、どうしてどうして、元気で、独特の雰囲気を持つ成長株。
「さん弥」の名は現真打柳家小はん、同じく現真打柳家さん福が二ッ目時代に使っていた名。
大飛躍を期待しましょう。

入船亭扇遊さん
入船亭扇橋門下真打
中目黒寄席には第14回以来、今回が26回目の出演。どんな噺家さんか知らない?隣の人に聞いてみて…
鯉昇さんと伴にこの古い寄席と会場を支えて来てくれた力持ち。

会場が変る!
第七十六回になって、会場が変わりました。

目黒銀座会館は、
取り壊されてマンションが建ちます。代わりに町内の別の場所に町内会館が建ちますが、中目黒寄席を従来通り催すのは無理のようです。幸い駅前再開発地域内にホールがありました。使い勝手は最適とは行きませんが、今後はここを根城に続けたいと思います。今まで通りご支援ご協力をお願いします。

寄席と寄席用語

目黒銀座会館を取り壊すに当って、物置を整理したら十五個の手焙り(火鉢)が出てきました。直径二十センチほどの磁器製です。この建物には、当初から現代的な冷暖房設備の計画はなかったようです。

五十畳の座敷に舞台、楽屋、引き幕、舞台照明等があり寄席を開くには、今時、もって来いの空間でしたが、夏はさすがに、扇風機と団扇だけでは、現代人の忍耐限度を超える環境でした。

これから使うGTのホールは、無論エアコンがありますから「夏の寄席」が出来ます。怪談話が聞けます。噺家さんの声もよく徹ります。

一方、聞こえなくなる音もあります。

カラコロ便所サンダルの音、

キーキー電車の操車音、

「イシヤーキ芋」あの物売りの声

どれも噺を聴くには邪魔物でしたが…

会場が変わると、使いにくくなる寄席用語があります。畳がなく、高座に幕のないホールではこんな寄席用語が使い難くなります。【用語解説は弘文出版刊 相羽秋夫著「落語入門百科」より】

膝送り = 椅子席でなく座って観る寄席で、客がつめかけて座る席がなくなった場合、係の人の掛け声で、少しだけ前に移動することを「膝送り」という。そうすると、何人かは座ることが出来て、皆が楽しく鑑賞することが出来る。佳き時代の人情豊かな仕来りを知る例である。「御茶子」と呼ばれる人は、この「膝送り」が上手であることも仕事の一つとされた。

板づき = 幕を閉めた状態で高座につき、幕が上がると演技を始めることをいう。通常は、出囃子とともに演者が歩いて登場、高座に座り、終わりも、また歩いて退場する。だが、高齢で足が悪かったり、ケガをした場合にこの「いたづき」という方法を採る。板とは舞台のこと、その舞台に座ったままであるから「板付き」という。

無論言葉は、その言葉のルーツたる実態がなくなっても残ります。「はねる」という言葉があります。寄席に限らず舞台でよく使われる言葉です。終演の意です。

はねる = 芝居小屋が、今日のような建造物ではなく仮設小屋であった頃、四方を「むしろ」で囲って壁代わりとした。終演と同時に、その「むしろ」をはね上げて、出口としたことから、「はねる」というようになった。

小屋のスタッフたちの無事やった!という達成感と観客が夢の世界から現実に戻る転換を、劇的に演出しているさまが「はねる」という言葉には込められています。勢いがある言葉だったのです。

寄席の言葉ではないようですが、「桟敷焙り」(さじきあぶり)という舞台用語があります。広辞苑でみると

桟敷焙り = 興業物で、桟敷にあがる客のないこと とある。

「焙る」は虫などを「あぶり出す」に通じた使われ方をしたのでしょう。売れない興業で、手あぶりの火鉢だけが桟敷で淋しそう。消し炭が燻ぶって、白い曲線を吐いて…

この度、目黒銀座会館から見つかった手焙り達、色々なことを見て来たのでしょうが、黙って処分されて行きました。

 

・第73回 03.11.04パンフより

旧跡 中目黒小学校        

いい季節。

恋しくなるもの、

古い落語、古い店、古いクラス会。

     *

6年2組(加賀先生)の同窓生が中目黒小の頃の修学旅行を懐か

しみ芦の湯の紀ノ国屋を訪ねるとか。旅館に持ち込む米を背負っ

て、雨の箱根の山中を歩き続けたのが忘れられぬと

オット!こんな話、意味が分かる人は ○十歳以上?

     *

小学校を見たい?お前、中目黒卒か、やめときな。

やっとその頃の名残を留めていた石垣もあらかた無くなった。

近所で残っているもの?

そうだな、正覚寺の本堂と和泉屋酒店と八幡様か

浅海文房具店? ないない。瀬尾産婦人科もない。 アメリカン

スクール?、とっくにない。

鏑木材木店のケヤキが無惨な枝ぶりで三本ほど残っているョ。

 

じゃ、ほかに、何があるんだ。

ま、見てみな。

  *

おっと!危ねぇじゃねえか!

おぅ、踏みつけるとこだった。汚ねえなりして、お前も卒業生か?

卒業はしてねえ。学校の床下にずうっと居たよ。

じゃ、青大将か?

そんなもんは、もう五十年前に居ねえよ。もっとも、それだから、

俺も長生きしてらァね。

おれか?おれはガマだ。

     *

この学校 戦争で残って火事で二回焼けた。

以下ガマの話

おれの事を学校の主だと云う奴もいる。だが学校は、おれが作っ

たもんじゃねえ。俺アこんな物の主になんぞなりたかねえ。

おめえ達人間というのは可笑しな動物だぜ。

作っては灰にし、

作ってはゴミにしてきた。

観察し甲斐のある生態だぜ。

人間が作るすべての産物はゴミになることを、おめえ達はまだ知

ってないようだ。

     * 

「おい、ガマ、落語はゴミになるか?」

ガマ「? ? ? 分からん、が、ゴミなら、兎に角、落すなよ」

 

     *  *  *

         

落語好きの小学生歓迎です。落語は全部教育的です。

噺を理解出来ない幼児を持参しないで下さい。

幼児の人権尊重です。

会場内では、携帯の電源は切って下さい。 

公演中の出入り は極力ご遠慮下さい。

 

 
**

72回 03.06.24 パンフレットより

覚悟の寄席 年に一回ある梅雨時の中目黒寄席。陽気の神様がどっちを向くか。とにかくこの会場にクーラーはない。雨漏りは、この処、止っているが…
出演者紹介春風亭昇輔=昭和四十三年生まれの土佐っぽ。
平成元年東京デザイナー学院卒
四年春風亭柳昇に入門、前座名「柳吾」
八年二ッ目昇進、名を「昇輔」と改める。
趣味・邦画鑑賞、寄席文字、格闘技観戦。
特技・南京玉すだれ
春風亭鯉昇=昭和二十八年浜松の産。
この人の紹介文には「落語界の各種の賞を受賞した実力家」とよくある。この三月新たに浜松若手芸術家顕彰受賞。この賞、過去七回、十三人が受賞。その中でこの人最年長。浜名湖のうなぎ、活きのいいのは採り尽くしたか、
「最 近、らくだを研究中」と電話。勉強好きは相変わらず。
馬頭観音像 春の寄席でご案内しました当会場隣の観音様、盗まれて七年。この四月、杉山静夫師制作の新像完成。開眼法要を済ませました。商売、受験、健康に特に御利益あり
*

*

69回 02.06.25 パンフレットより

五代目円馬
今回の出演者は、鯉昇さんでもなく扇遊さんでもない会。
若くて実力の有りそうな噺家さんを探して来ようと、
末広亭の深夜寄席に通って、拾ってきた骨が可龍さん。
可の字で分かるDNA。そう可楽一門。

一緒に高座に出ていた好円さんがこの春真打になると言う。
それならと、中目黒には何度も来ているが、
今度は五代目円馬として、トリで来てもらうことにした。
近代東京落語を集大成した明治の名人円朝に、
四天王とよばれた上手の弟子が四人いた。
その中の一人、円馬。
円馬!すごいDNAの馬。

今度の円馬さん、中々の苦労人。(詳しくは、
御本人が語るかもしれませんが、)この数年、
芸域もひろげ、芸の腕を上げています。
みなさん、この名忘れないで、

瀧川鯉橋
もひとつ忘れないで。
鯉奴さん実は今月から瀧川鯉橋さんと名を変えて二つ目 。
今後ともお引き立てを。
鯉の字の名は最近では鯉昇さんが使い始めたが、
実は古くはよく噺家の名に使われていた文字である。
明治の前半頃、三遊亭円生一門の流れの中に、
それまであまり見かけぬ芸名の「瀧川鯉かん」
という噺家が出る。「大声」と「なぞ合わせ」で
人気があったという。この鯉かんの弟子には、
三代目談志と九人の「鯉」の字の弟子がいた。
それにしても、談志の血には師匠の名を素直には
引き受けぬ遺伝子が流れているものよ

馬龍鯉
「今回の出演者、動物園みてえだ。」
「おっと、どっこい、鯉が動物か?、龍が動物園にいるか!」
「落語の世界だヨ。そう突っかかるなよ。
それよか、馬・龍・鯉で三題噺でも考えて見ろよ。」
「そらア面しろヨ
百瀬の瀧を登れば鯉はたちまち龍となると。
竜馬は敵陣帰りの元飛車角と…。
ええ、おあとは、……みなさん、お助けを」

小さん
小さん行ってしまいました。
火鉢、雪駄、しもやけ、アカチンと同居してた昭和の
低成長時代。そんな昭和時代の最後の噺家。
器用な噺家ではなかったが、
地で通用するユーモラスなキャラクタを持っていた。
若い頃は、ひときわでかい声の噺家だったけど、
静かに行きました。

GT・駅前再開発地域
中目黒へ久々に来られた人は、街の変わりようにびっくり。
新装大型オフィスビル。
何か面白い所ある?
サぁ?
答えられない。
みなさん
再開発地区魅力付けのアイデアが有りましたらご提案を。
中目黒寄席HPの掲示板へ

七十回目
この次の中目黒寄席は七十回目。記念公演といきますか、
どうでしょう。
GTの中に150人ほどのイベントホールが出来ました。
もしかすると、次回は会場が変るかも。ご注意を。
木戸も?